長沙便り

友人の中国人日本語教師に頼まれて名門の湖南師範大学日本語科3年生に「一期一会」と題して90分の講義と質疑。皆、熱心でした。
日本は梅雨入りとのことですが、ここ長沙も6月に入っても雨続きで、学生達が「今年は異常気象です」と言う天候でした。しかし、昨日からやっと雨があがり一気に30度を超える蒸し暑い日になり、あの37−38度の恐怖の酷暑が近いことを思わせます。

小生、相変わらず中国語はサッパリですが、8か月の教壇実動を経て授業のペースも掴み、楽しいキャンパス生活を送っています。
構内に住み、全寮制の学生達との距離が近くなればなるほど小生の中国人観に変化が出てきました。「中国人」と聞くと日本人の抱くイメージは、自己中心的、したたか、老獪、本音と建前の使い分け、中華思想の持ち主などと言うのが一般的ではないでしょうか。小生も現役時代の「何でもあり」の中国取引の経験から、そう感じた一人でしたし、今でもそれを全面的に否定する者ではありません。
しかし、純真で明るく礼を守る学生達との付き合いが深まるにつれ、自分の今迄の中国人観は「知らないこと」から生まれた表層的な見方だったと思うようになりました。

写真でお分り頂けるように、彼等は「何時か日本へ」を夢見て熱心に日本語に取組み、日本在住の経験がある中国人教師は「何時か再び日本へ」の思いで日本語を教えています。
作年11月のJAPAN WEEK中に開催された日本語スピーチ・作文コンテストに湖南省の18の大学から選抜された3・4年生各2名ずつが日本語力を競いましたが、選手達の日本と日本語への熱い思いが伝わってきました。
小生は作文審査を仰せつかりましたが、4年生ともなると、スピーチも作文も、そこらの日本の大学生では敵わぬと思われるほどの実力でした。聞くところでは湖南省だけでも日本語を学ぶ大学生は数万人に及び、その数は毎年増えているとのこと。

ところが、本家本元の日本では、日本語教育がおろそかにされ「正しい日本語」が亡びかけており、なんと英語教育を重点志向する施策が取られています。(木村美苗著「日本語が亡びるとき」参照)新米ながら日本語教師として、正しい発音、語彙、文法、文型、表現を毎日、学生達に指導している者として、これほど嘆かわしいことはありません。まして「日本語の美しい音に魅かれて」日本語科を選んだと言う教え子がおればなおさらです。

また、中国の急速な経済発展に伴い中国脅威論を唱える向きもありますが、我々は徒に中国の脅威を口にするのではなく、今日でも学生達や教師達に憧れを抱かれる「日本」の「世界に類なき日本語」を母語とする「日本人」として、もっと誇りと自信を持ち、「中国人」の実像を知り、より心を開いて彼等と付き合うことが大事ではないでしょうか。
中国に造詣の深い9期の入江君や他のOB諸氏を差し置いて僭越ですが、この報告が、皆さんにとって、次の中国を担う等身大の若者達をご理解頂く一助になれば幸いです。
休日でも数十室ある図書室は熱心に勉強する学生で一杯。

日本語スピーチ・作文コンテストに出場の2・3年生、副部長と応援の学生。2年生の二人は国立大学に伍してスピーチで2位、作文で3位を獲得。1か月の特訓に良くついてきました。

JAPAN WEEKのイベント,大学対抗アニメコスプレコンテスト


(1)現代中国女子大生気質
「読む、話す、聴く」ことを学んできた3年生が初めて「 書く」ことに出会うのが、小生担当の「日語写作」です。 400字詰め原稿用紙の使い方、表記法、話し言葉と書き言葉など、作文のイロハから授業が始まります。(この大学は15年前に3年制から始まり、5年前に4年制が政府から認められたばかりなので、今はまだ4年生がいません。)
最初の宿題は最も簡単な「自己紹介」でしたが、一応日本語を話せる学生達なのに「何で!?」と言うレベの作文ばかりで、6回目の「日本語の授業」でも添削が 大変でした。当時の彼等の実力を知って頂くために、まだましな作文の原文を添付します。(よいしょ気味の表現があり、気恥ずかしいですが)
添付作文1
湖南師範大学日本語科3年生への講義後記念撮影。ここでも女子学生ばかり。
しかし、回を追うごとに語彙や表現力も向上し、直近の「親しい人への手紙」や「日本人を聴衆とするスピーチの原稿」では人前に出せるレベルになってきました。 (添付作文2 添付作文3 原文のママ)
この他にも「日本の国花-桜」で武士の魂を語り、「”何もございませんが”の日本文化」では言葉の裏にある日本人の謙虚さを見出し、太宰治の「人間失格」に題を取り、中国人は「人間合格」と言えるのかと問い、「地球の涙」で環境保護を説き、「中国の貧富の差」や「女性の社会進出」では拡大する一方の貧富の格差や男女差別の問題にメスをいれる等、日頃、教室で見る屈託の無い顔からは想像できない、シリアスでレベルの高い日本文化論や中国の国内問題に焦点をあてた作文を書けるようになりました。
   
作文は読み手に「自分を分かってもらう」ための独創性と表現力が肝心だと強調してきたせいか、テーマごとに実に赤裸々な作文を書いてきます。
テキストの「私の結婚観」の時は、生徒達の書くことへの動機を高めるために、書く前に自由討議を行いました。
テーマは、「OLの鈴木さんは年収200万円。結婚後も仕事を続けたい。大学時代から付き合っている田中さんはハンサムで将来大スターを目指してるが、現在は年収が90万円の大部屋俳優。一方、親がすすめる山本さんは年収350万円の役員を目指す真面目な会社員。妻が専業主婦になることを望んでいる。迷っている鈴木さんにどち らを選ぶんべきか助言し、問題 があれば、どうすれば解決出来るかを述べなさい」でした。
 
恋愛・結婚と就職は彼女達にとって最大の関心事ですから、グループごとの自由討議は田中派と山本派に分かれて声高の議論が続き、終業のベルが鳴っても終わりませんでした。(因みにサカモトセンセーの教室では3年生も2年生も日本語のみの使用で、中国語は禁止です。)この討議の熱が冷めやらなかったのか、提出された800字の作文は自分の恋愛や失恋経験まで書きこんだ力作が揃いました。中には、「愛とは、結婚とは」を「恋の河に3度も落ちた」自分の経験から解き明かした女学生もいました。
内容的には、12名の女学生が田中派で、35名が山本派でした。目前の愛より将来の安定した生活を選ぶ者が大勢を占めたわけです。
別の機会に2年生の2クラスにも同様なことを聞きましたが、80%が山本派でした。中国の女子大生の結婚観を示すものとして興味が湧きます。
 
両派に共通した意見は
 @(昔のように)親の言うままの結婚は絶対に嫌。相手は自分が決める。
 A相手は自分の両親への孝行心が大事
 B向上心を持っていることでした。

Aの孝行心については、2年生も同様で、卒業したら働いて必ず両親を幸せにすると言うのが皆の共通の心情です。裕福な親を持つ数人の例外を除いて、親が大変苦労して自分を大学に行かしてくれているという思いを全員が持っているからでしょう。「知恩報恩」そのものです。今時、日本で、結婚相手に孝行心を要求する女性はいるのでしょうか。

彼女達の最も望ましい結婚・家庭像は下記の如しです。
 @結婚の時には自分達の家があること。
  夫は優しく、常に向上心を持ち、仕事に熱意をもって取り組み、家事と育児を分かちあい、親孝行で、
  時には家族で両親を訪れ、旅行もする。
 A自分は仕事を続け、専業主婦にはならない。
  家事・育児が困難であれば子供は両親に預けるか、メイドを雇う。
 B子供は男・女一人づつ。
  (田舎出身の学生が多く、兄弟・姉妹が2−3人いるのが殆どで、田舎では「一人っ子」政策の締め付
  けはあまり厳しくない様子)

では、青春真っ只中の彼女達の恋愛はどうなっているのでしょうか。47名の女子学生のうち10名ほどに決まった彼氏がおり、その内ひと組はクラスメイトです。彼等は入学してすぐに寮に入り、同室の7−8名が、そのまま卒業まで起居を共にするので、ルームメイトの友情の絆は固いものの、プライバシーは全く無きに等しい生活です。
それで、「彼」ができようものなら、すぐにルームメイトに知れ、それがサカモトセンセーの耳に届くのに時間はかかりません。
構内の湖畔で抱き合っているカップルは良く目にしますが、それ以上の行為までには(少なくとも構内では)至りません。何せ、中国教育部(文部省)が男女学生の乱れを恐れて、2007年9月に校外のアパートに住むことを原則禁止して、新入生の大学寮への入居を義務づけたり、北京大学の女学生が出来ちゃった婚をすると言うので、大ニュースになるお国柄ですから。
それでも、愛一筋。西安の大学に通う彼に会うために24時間も汽車に揺られ、僅か1日だけの逢瀬で、また24時間かけて長沙に戻ってきた学生もいます。(彼女達の1か月の生活費は凡そ600−800元ですが、全寮制でアルバイトもままならず、親の仕送りに頼る身では飛行機なぞは論外です。飛行機どころか、湖南省から外へ出たことも、海を見たことも無い学生が殆どです。「海」に囲まれた日本で富士山と桜を見るのが夢です。)
大多数の女学生は、自ら積極的に彼氏を見つけようとする気持ちはなく(あってもそれを抑えて)、在学中は勉強に専念し、卒業後は出来れば日本語を活かせる会社に就職して、給料を貰うようになったら、先ず親への恩返しをするという、誠にけなげな考えを持っています。恋愛はそれからと言います。

彼女達の3種の神器は、携帯電話は当然のこととして、「日本製パソコン」「カシオの中日電子辞書」「MP5(MP
3の最新版)」です。MP5は600−800元ほどで何とか買えますが、PCはLENOBO(旧IBM)でも5千元もするので多くの学生には高嶺の花です。1800元ほどの中日電子辞書は語彙の勉強には必携でもあり、爪に火を灯して仕送りされた金の一部を貯金したり、夏・冬の休みにアルバイトをしたりして何とか手に入れる学生が多いようです。
一室で1−2名はPCを持っているので、学生たちはQQ(名前登録のチャットチャンネル)をを楽しみ、百度(Baidu)
やグーグルのinternetを通して、驚くほど熱心に日本に関する情報を検索しており、時にはこちらが教えて貰うほどです。
小生、現役時代アチコチ海外を渡り歩きましたが、中国のTVほど頻繁にかつ熱心に日本に関する報道をしている国は無いのではないでしょうか。下は酒井紀子の逮捕・裁判の詳細から、上は沖縄米軍基地問題、鳩山・小沢のドタバタ辞任劇、管新首相の誕生等々まで。勿論internetも同様です。
中国政府がinternetを通じて無限に流れ込む情報をコントロールするためにグーグルに「不適切」情報の事前排除を呑ませた焦りは良く分ります。しかし、netを通じて一旦、外の世界を知った若い世代の「知りたい」欲求をどこまで抑えられるかは疑問です。

一方で、学生達の政治向きへの関心は低く、2年生までの必須科目の共産党史・馬克思(マルクス)毛沢東論は眠たいばかりで最も面白くない授業と皆が口を揃えます。ただ、教育の恐ろしさを知るのは「台湾は中国の一部、台湾省であり、独立国ではない」と、小生の知る学生・教師全員が断言する時です。このまま中台の経済関係が拡大し、台湾経済の殆どが中国市場に依存するようになれば、何時かは台湾が中国の省として香港・マカオ同様の1国2制度の下に置かれる日が来るかもしれません。
なにせ、数か月で首相が交代し、国家方針がその度にぶれる「民主主義の国」日本と違い「一党独裁」でその国家方針はぶれることなく、連綿と引き継がれる国ですから。

(2)学生たちのキャンパス生活
@軍訓
全国の大学では例外無く9月に入学後すぐに軍訓が始まりまります。
この大学では2週間ほどですが、約1か月間というのが普通のようです。この間は授業はありません。午前は8時過ぎから12時まで、途中、猛暑を避け昼休み。さらに夕方4時頃から8時頃まで、毎日、整列、大声で歌いながらの行進、敬礼、気をつけなどの訓練が、続きます。教官は解放軍大学のエリート学生です。ここが中国であることを実感する時です。
軍訓。教官殿に敬礼。少しさまになってきました。 日本語科新入生。まだ、あどけなさの残る顔に一様に長い髪を後ろで束ね、だぶつく軍服。まだ中学生かのようです。

A教室活動
2年生6クラスの会話を担当していますが、テキストの会話を暗唱させ応用会話により実際に使えるようにする指導が主です。しかし、暗唱は面白いとは言えず、学生のやる気を維持するのが大変です。
教室が最も活発になるのは、テキストのキーワードを使ったロール・プレイ(自由会話)です。寝室ごとにチームを組み、テーマに沿いプレイの筋書きと台詞を考えさせ発表させます。テキストの会話と異なり、一度に多数の学生が参加できるのもメリットです。
ルームメイトとの絆が固いので、寝室対抗でやると互いに競いあって活動にも熱が入ります。最も盛り上がったのは3月に松尾先輩の富士山のカレンダーを各クラスの最優秀チームに供した時でした。
皆が何時にも増して真剣になり、驚くほどの良いプレイ をしてくれました。
ロール・プレイ 
key word 「(値下げ)出来ないわけではありません」
A:これ、1300元くらいに値下げ出来ないの。
B:これはカシオの最新モデルでソフトも最高なんで、値下げは出来ないんですけど...


ロール・プレイ 
key word 「...かぎり」
市民がルールを守らないかぎり、ごみ処理の問題は....
ロール・プレイ 
悩みの相談。key word「水くさい」 
A:どうしたら、彼が出来るのかしら。

グループに分かれfree discussion
男女雇用機会均等法を参考に、女性が出産を機に育児に専念すべきか、仕事を続けるべきか。
女子学生の攻勢に少数の男子学生はたじたじ。
B課外活動
a)日本語クラブ
恒例の「JAPAN CUP」の日本語朗読大会が開かれ、小生は審査員の一人として招かれました。
2年生6クラスの選手が、課題の中から選択した文章を朗読し代表が審査員との質疑に応答します。
司会進行役を務める2年生の幹事はガウンのような着物(?)らしきもの着てうれしそうでした。
本当の着物姿の凛とした日本女性を見せてやりたいと思ったものです。
日本語クラブ主催「JAPAN CUP」揃いのチェックのミニスカートで。

1年生が、小原節をバックに自分でふりつけたと言う日本舞踊(?)を披露。様にはなっていました。

クラブ幹事による成積発表。着物ならぬ「キモノ」姿で。
b)自習と余暇
7月に迫った日本語能力検定試験1・2級の受験生を含めて、休日も熱心に勉強に取り組む学生で図書室は、どこも一杯です。検定試験は1級は1万、2級は6千 の語彙を習得している前提なので、受験生は 大変です。
一方で学校の周りに多数あるnet coffeeで一日中、パソコンで遊んだり、ビリヤードを楽しむ不勉強な学生もいます。またカラオケ屋も多く、夜通しカラオケを楽しみ、朝帰りをする学生も少なくありません。
芸術学部・絵画部門の学生が泥絵の大作に取り組んでいました(図書館ロビー)

絵画部門の学生が泥絵の作成実演。
カメラを向けると「先生もどうですか?」と英語で。
net coffee(と言ってもコーヒーは出ない。飲食物は持参)に一日中入り浸り。

ビリヤードに興じる
c)農家楽   
週末には多くの学生が格安の「農家楽」を楽しみます。
大学の近所の農家が自分の土地に作った施設に食材を持ちこみ、自分達で料理を作り、食後はカードや麻雀やカラオケ、ビリヤード等を楽しむものです。
この大学と隣接の第一師範大学(毛沢東の母校)と合わせ約5万人の学生を相手とする農家楽の新商売で、貧乏であった農家は今やホクホクです。

農家楽。皆で手分けして料理の準備。 「センセーはビールでも飲みながら見ていてください」と言われても、火を見るとワンゲルの血が騒いで、つい手が出てしまいますな。

食後に麻雀を楽しむ。
湖南麻雀には字牌がなく役作りの無い早あがり麻雀なので、もう一つ面白さに欠ける
3年生のリーダー格の「お姉さん」達。
左から、日本語教師の夢を追うK君。料理が得意で良妻賢母型のKY君。「恋の河に3度も落ちた」情熱家のO君。アルバイトしながら学業に励む苦学生のR君。日本への留学か、国内の大学院進学かで悩んでいるRG君。


6月18日で後期の授業を終わり、今週から月末まで、2年生一人一人にテキストの暗唱と質疑応答会話による期末評価をします。それが終わると8月末まで夏休み。
世界一安いが世界一まずい学食を避けて、主に麺類ばかりで自炊しているカワイソーナサカモトセンセー(学生曰く)としては、刺身と寿司が待つ日本へ一時帰国出来る日を指折り数えるこの頃です。
クラス班長で会話も上手なR君と。
「サカモトセンセーと一緒だと、故郷の優しいお爺さんを思い出して嬉しいんです」と。
でもねー、せめて「お父さん」ぐらいにして欲しいんだけどな..。 
         

記念撮影の為に始めての美容院で薄化粧してルージュも塗りました。「先生、きれいにとってね。」 作文ではトップ・クラスのO君とR君 「先生は何時も子供っぽいと言うけど今日はどう?」とポーズ。薄化粧したら「あれっ?」と思う程の「おんな」になりました。
3年生への最後の作文の授業の後、写真屋を呼んで図書館前で早めの卒業写真撮影。
坂本先生とこれでお別れで、冬より今の方が良いと学生が計画。日本の学園ドラマを模した上半身だけの記念写真を狙って、揃いの白いブラウス姿で。


2年生のクラスへの後期最後の授業を終えて、図書館前で記念撮影。


2010.6.24.3期 坂本憲昭
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