四国88カ所歩き遍路 | |
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3期 坂本憲昭 | |
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81番白峰寺へ。山里で小休止 | |
年金生活記念事業(?)の一つとして四国88カ所歩き遍路をしてきました。 四国遍路は年間15万人ほどで、そのうち2500−3000人ほどが歩き遍路とか。 「歩き」にはデイバック一つの軽装で全行程民宿組(主に老年・富裕層)と20kg程度の重装備で民宿は例外の少数野宿組(主に若手・貧困層)に分けられますが、小生は全て民宿では栄えある(?)九大WVOB会の名を汚しかねないと経費節約も兼ねて(これが主目的)野宿もありと背には寝袋、携帯コンロ・ガス,コッフェル、雨具、替え着等を詰めた11kgsのアタックザック。 3月14日に一番の霊山寺でお遍路さんのユニフォーム(白衣、輪袈裟、菅笠)金剛杖、さんや袋等を購入。いっぱしの遍路姿で歩き開始。35日目の4月17日に88番大窪寺を打ち結願しました。途中、高知市・松山市でお城の花見や観光に各一日沈殿したのでネット33日の歩き。納経所のお坊さんが「65歳で33日は速い。普通は40日程度」と褒めてくれました。 |
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民宿・宿坊泊23日(うち素泊まり11日)野宿11日(JR無人駅、道の駅、遍路休息所、通夜堂、廃屋)でした。地べたやベンチに寝たりコンビニ弁当やコッフェルで食事をするのは大昔のパーワンの乗りで思ったより楽しく「ゴーハンダ、ゴハンーダ、サー食ベーヨ」と鼻歌交じり。山あり海あり渓谷あり川あり、つらくて長い国道ありの全行程約1230km。一日平均40km前後の歩き。 一日の最長歩程距離は大岐町から足摺岬の38番金剛福寺への往復56km(空身)でした。 |
巡礼バスの遍路で大賑わいの一番霊山寺 | |
ここは富裕層は足摺岬で1泊するところ。まして雨のなか、連れ合いから早く帰れとも言われていないのに何で頑張って歩くのかなーと自問しながらテクテク・テクテク。会社時代と異なり年金生活では「頑張らない」をモットーにした筈なのに戦中生まれの性(さが)なのでしょうか。 12番焼山寺700m、60番横峰寺745m、66番雲辺寺910m、88番大窪寺への女体山774m等は標高はさ程では無いものの山岳信仰と結びついた真言密教の真髄とも言うべき険しい山道ですがワンゲル諸氏向きです。弘法大師が歩き千数百年の昔から続くと言う古道を鳥のさえずりを聞き山の冷気を浴びながら独り歩くのは爽快で歩き遍路の醍醐味とも言えます。 |
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室戸岬へ | 風雨の24番最御崎寺(室戸岬) |
「一期一会」で出会った人達の「歩き」の動機は様々。小生同様の軽い乗りや興味心でスタートしたのは若手以外は少なく、多くは人生の重みを背負いながら歩いていました。車の衝突事故で一瞬にして亡くした家族(妻と二人の子供)の冥福を祈り心の癒しを求める中年男性、再発癌に挑戦する夫と共に歩く老婦人、育児に悩み鬱病の娘の回復を願う65歳の男性、ギャンブルに手を出し連れ合いに捨てられ孤独の寂しさを歩きで紛らす初老の男性、息子と嫁にいびられ家を出てきたご老人等々。 |
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88カ所を歩いたからとて凡人に悟りが開けるわけもなく小生に何の変化もありませんでした。しかし道中で数多くの人々から頂いた暖かい「お接待」、「お早う、元気で、頑張って」等の励ましの声に「有難う御座います」と応じていたせいか、今でも素直な気持ちで感謝の言葉が出せるようになったのは一つの変化でしょう。 車なら30−40分で走る40km程度を一日かけて歩き続けるのを「アホクサ」と思わず酔狂に一度歩いてみるかと思う人の参考に独断と偏見を持って弊見を下記します。 なお、真言密教についての真面目な質問は修験を積み高位指導者である財前兄(3期)に問い合わせされることをお勧めします。 @歩き遍路の時期 3−4月がベスト。いわゆる「花遍路」で梅、椿、 菜の花、れんげ、れんぎょう、雪柳、桜、もくれ ん、こぶし、つつじ、しゃくなげ、桃、藤と花を愛で ながらの歩き。秋より日が長く天候が落ち着いて いる。 A必携:「へんろみち保存協力会」発行「四国遍路 ひとり歩き同行二人(地図編)」 B歩き遍路には不向きと思われる人
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吉野川河川敷で | |
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28番大日寺のこぶし | |
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四万十川 | |
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44番大宝寺の参道(久万町) | |
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49番浄土寺。満開の桜 | 47番八坂寺への農道で。お接待 |
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58番仙遊寺のしゃくなげ | ![]() |
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66番雲辺寺の五百羅漢 |
84番屋島寺をくだる。瀬戸内海 | |
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88番大窪寺。途中同行のI氏と | |
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